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連載 『香りはロイヤルミルクティー』 9 宝物のテープ      [香りはロイヤルミルクティー]

また春が来て、僕達は3年生になった.
新入部員は女アナが4人、男技術が3人.
アナの方は正直言って素質ゼロ、見込み無しだったが、なにもコンテストで賞を獲る
のが目的で存在しているわけではないので、普段の校内放送等の実用上は十分
だった.技術は3人ともメカに明るく、助かる.

 そしてまた、すぐに学園祭の準備.この年、新たにカセットデッキを1台購入し、
作業は高能率化、高品位化した.確かSONYのTC-K55だったと思う.ワイヤード
ではあったがリモコンが使えて、「Tom & Jerry」などでは重宝した.
前年にはTRIOのパワーアンプやYAMAHAのPAスピーカーなども購入し、何やらM高
の音響システムはずいぶんとパワーアップしたのだが、すべて僕の差し金である.

 さて、その影の委員長サンは別のことに燃えていた.
同じ視聴覚のヨシユキが軽音楽部でギタリストをしていたこともあって、前年から
視聴覚と軽音は親密な関係になっていた.軽音のコンサートとなると、視聴覚の
全面協力のもとに行われた.(もちろん首謀者は僕だ)
そしてこの年の学園祭、ヨシユキのバンドがステージに立つのも最後なら、僕ら3年生
の視聴覚の仕事も最後だった.
ならば最高の演奏を最高の音で.しかもライブレコーディングしようという事になった.
影の委員長サンはそのシステムを繰り返し考えていた.

 あっという間に学園祭当日.例のごとく終日仕事に追われる.
2日目、軽音のコンサートがやってきた.
「SONYのダイナミックはブームでもってバスドラね.スネアとハイハットはECM23で」
僕は決めた通りにあちこち指示していく.
ドラムにはプロ並みに4本もマイクが立つ事になった.ここまで凝るのはM高史上
空前であり絶後だと思う.
バンドも、ヨシユキとシン君のツインリードはやはりM高史上最強だと思うし、トンペイ
のハイパワードラムや2年生ながらチョッパーベースを弾きまくるベースも◎.

 入念なサウンドチェックが終って、いよいよコンサートが始まる.
オープニングは・・・・・何だったっけ? 録音したんならテープを聴けばわかるだろうに
と言いたいだろうが、実は・・・・・・.

本当にこれまでになくパワーの入った演奏だった. 「音」以外の何かがこちらに
ぶつかってくるのがわかった.僕もそれに応えた.指がミキサー卓の上を踊る.
音は衝撃波となって広い体育館を揺さぶる.

――と、コンサートも半ばを過ぎた頃、隣で助手をしていた2年生のしのぶサンが
突如『あっ』という悲痛な叫び声を上げた.見ると尋常ではない表情をしている.
音が大きくて会話がしづらいので僕は目でどうしたのだと尋ねた.
彼女は紙にこう書きなぐってよこした.  『REC MUTEが入ってた』

rec mute.jpg
実物の写真

この日、僕は最高の録音をしようと、自宅の10kgもあるTechnicsのカセットデッキを
死ぬ思いで肩に担いできたのだった.REC MUTEスイッチが入っていると録音状態
でテープは回っていても音の信号はカットされて無音状態になる.曲間やCMカットの
時に使うスイッチだ.不幸にも1番端にあり、何かが触れるとオンになってしまうのだ.

堅実・慎重で、しかもメカがわかるしのぶサンには考えられない程の見落としだった.
使い慣れない僕のデッキだったのも運が悪かった.
僕やヨシユキがこれまでになく燃えていたのをいつも近くで見ていたしのぶサンは、
責任を感じてデッキに突っ伏して泣いてしまった.僕、困る.
いつもまじめで一生懸命のしのぶサンを怒る気にはなれなかったし、ましてや女性で
しかも泣いている.誰が怒れるか.
とにかく演奏は続いている.
「過ぎたことはいいからテープを巻き戻して次の曲からでいいから録って」
僕はそう言うと彼女はうなずいた.そしてデッキをオペレートし終ると、REC MUTE
スイッチを2度と触らないようにビニールテープでガチガチに固めてしまった.
うんうん、気持ちは痛いほどわかるよ.

ラストナンバーはDEEP PURPLEの「Comin' Home」
エンディングであの大人しいシン君が、燃え尽きた、という感じでギターを投げ捨てた.
僕もミキサーのフェーダーを全部下げると、一気に力が抜けた.本当にすべて終った
という感じだった.

ほんの数曲しか録れなかったけど、聴くたびに鮮明にシーンが蘇る、
僕の宝物のテープ.
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